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第9回論文賞(2018年度修士論文)


第9回測定器開発優秀修士論文賞は、2019年4月22日に開催された最終選考委員会において
優秀論文賞2編が決定しました。受賞されたお二人には心よりお祝いを申し上げます。

  

物理学会秋季大会(山形大学)に於いて、2019年9月19日に
表彰式と招待記念講演会が開催されました。(向かって左側;谷川氏、右側;原田氏)

受賞者には表彰状・クリスタル製の表彰盾のほか、 本賞協賛企業である
セイコー・イージーアンドジー㈱、 ハヤシレピック㈱㈱Bee Beans Technologiesから
副賞としてアマゾン券が贈呈されました(五十音順・敬称略)。   

優秀修士論文賞

論文題目

Belle IIシリコン崩壊点位置検出器の受けるSuperKEKBからのビームバックグラウンドの研究

本 文 アブストラクト(2.1Mb)本文(11.6Mb)
著者氏名 谷川 輝(東京大学)
授賞理由  本修士論文の内容は、Belle II実験のシリコン崩壊点位置検出器を高ビームバックグラウンド下でいかに動作させるかを2つの観点から研究したものである。
 1つ目が、高トリガーレート下で、実質的な不感時間(dead time)を少なく抑えるために、トリガーを制限する機能を開発したことである。シリコン崩壊点位置検出器には、CMS実験用に開発されたAPV25というチップが使用されているが、Belle II実験の最終目標トリガーレートである30kHzでは、FIFOメモリーのオーバーフローが頻発して、不感時間が大きくなってしまうことが予見された。そこでAPV25の動作を理解して、外部でメモリーオーバーフローしそうなときだけトリガーを抑制する機能を開発した。これによって、高トリガーレート下でも実質的に動作可能であることを示した。
 2つ目が、検出器の一部分だけが組み込まれた状態で、様々な条件で取られたデータの詳細な解析とシミュレーションとの比較によって、ビームバックグラウンドの性質を理解し、今後のビームバックグラウンドを見積り、シリコン崩壊点検出器をフルに組み込んでも当初は問題ないことを示すと同時に最終的にどの成分のビームバックグラウンドをどの程度低減するべきかの指針を示した。
 この修士論文は、測定器自身の開発という点から少し離れているが、大きな検出器システムをいかに動かすかという観点から2つのことに取り組み、それぞれに対して、詳細な解析、シミュレーションとの比較を適切に行い、実質的にシステムを動かすという点において重要な研究がなされ、それが適切に記述されている点が高く評価された。

 

論文題目

固定電位層を導入した次世代X線天文用SOIピクセル検出器の研究

本 文 アブストラクト(1.3Mb) 、本文(77.3Mb)、
著者氏名 原田 颯大(京都大学)
授賞理由   X線天文測定において、高エネルギー領域をカバーすべく開発を行なっている、反同時計数と高エネルギー分解能を併せ持つ、SOI技術を用いたシリコンピクセル検出器、XRPIXについての研究である。
高エネルギー分解能達成を主目的として開発された、異なる構造を持つ2種のXRPIXについて性能評価を行い、その一方が6 keVにおけるエネルギー分解能225 eV (FWHM)を達成した。搭載実験の要求を満たす初めての結果で、大きなマイルストーンを達成した研究である。ただし、本検出器は特別な条件下でしか正しく動作しない問題が見られた。筆者らはその条件を見出し、さらにTCADシミュレーションを用いその原因を追求し、改善案の新構造を提案するまでに至っている。
 半導体検出器開発という事で、内容が専門的になるが、本論文では非常にわかりやすく記述している。評価方法、問題発見、その解決への道筋が明確に記述されており、論文としての完成度が高い。

 

 2010年度に修士論文を対象とした賞の創設より今回で第9回を数える測定器開発優秀修士論文賞に対して、2018年度分は例年より多い29篇の応募があった。いずれも例年通り、100ページに及ぶ渾身の力作ぞろいである。まず応募論文の利用分野について整理をすると(図1)、原子核、宇宙分野は例年通りであるが、素粒子分野からは例年以上の多くの応募があった。これは、これまでも応募があったが、測定器システムのコミッショニング的なものも受け入れることが素粒子分野では広く再認識されたことによるものかもしれない。このように優秀な論文が多く応募されたことは、高エネルギー物理学研究者会議、原子核談話会、宇宙線研究者会議をはじめ、高エネルギー宇宙物理連絡会、放射線物理、放射光科学、中性子科学など関連分野の皆様の真摯なご協力の賜物と感謝すると同時に、本賞が測定器自身の開発に限定されていないことを再アナウンスされること期待する。
 開発研究の主役である技術要素も、例年通り多岐にわたっており、おおざっぱに分類をすれば、図2のようにまとめられ、今回の応募論文の開発研究の多様性と層の厚さが見て取れる。ガス関連分野が減り、半導体関連分野が増加傾向にあるのは世の趨勢だろう。エレキやDAQ分野も一定数あることはその重要性が認識されているからであろう。コンピュータ関連の論文もあり、今後、AIを含めてこのような分野が伸びてくるかもしれない。

 選考は素粒子、原子核、宇宙線各分野のコミュニティより推薦をうけた委員を含む、合計12名の選考委員(†)により、例年通り2段階で行われた。2月末の締め切り後、査読を行うに際して、昨年度に続いて以下のような評価項目を設定することを審査員一同で確認し、それぞれの項目について採点、集計することで選考審議の資料とすることとした。
   1.論文の完成度                                   
   2.背景技術の理解度                                       
   3.開発研究の意義とその理解                                       
   4.研究の独創性、先進性(テーマ、手法)とその的確な記述                   
   5.研究における本人の独創性、主体性                                       
   6.測定器開発にかける熱意、最後までやりとげる意志                         

 1ヶ月かけてまず6篇の候補論文に絞り込み、その後さらに3週間かけて、全委員がこの6篇について改めて熟読、採点をして、最終的には4月22日に最終選考委員会が行われた。選出された今年度の優秀論文賞2篇はその内容は全く異なり、1つは、半導体検出器そのものの開発研究で、もう1つは、大きな測定器システムをいかに実質的に動かすかを研究したものである。いずれも、主体的にきちんと測定を行い、問題点を見つけ出し、シミュレーション等を駆使してその解決へ向けての道筋を示すと同時に、その過程が適切に記述されていた。こうしたことから、審査員一同、上記評価項目のいずれについても高い評点を与えたもので、典型的な優秀論文であるといえる。
 今回選ばれた論文は、ある意味で対照的であるといえる。一篇は、測定器開発という名に一番沿ったものであるといえる。その使用目的ははっきりしているが、実際に使用するには少し時間がかかる測定器そのものの開発と言ってよいであろう。もう一篇は、そのタイトルからすれば、測定器開発という観点はなく、ビームバックグラウンドの測定とその理解が主である。測定器単体の開発は重要であることは間違いないが、今日の実験環境が置かれている状況を鑑みると与えられた測定器をいかにして動かすかも実験を遂行する上で極めて重要なことである。それは、このようなことに関する優秀な修士論文が多く応募されてきていることからもわかる。今回のこの2つの両極端な論文が同時に優秀論文賞に選ばれたことは、それぞれの形で活躍している修士の学生さんたちの励みになれば、幸いである。
 

測定器開発優秀修士論文賞 選考委員長 宇野彰二

(†)<<選考委員リスト(敬称略)>> 

審査委員
コミュニティ委員;市村雅一(弘前大学)、日下暁人(東大)、佐久間史典(理研)、
         中浜優、(名大)、早戸良成(宇宙線研)、溝井浩(大阪電通大)
KEK所内委員;岸本俊二、杉本康博、三部勉
事務局;外川学、坂下健、宇野彰二


 
図1                 図2