研究成果報告(2009年度版)

GEM は、CERN などで化学エッチング法(2)によって作られてきた。最近、日本の会社(4)でCERN とは 違うプラズマエッチング法(3)によりGEM が作られた。また、より放電を少なくするために、レーザーエッチ ング法(5)との組み合わせによって、同じ会社により新しいGEM が製作されるようになってきた。我々のグル ープで使われているGEM はすべてその会社から購入したものである。さらに、新しい製作方法により、厚手 のGEM(100μm 厚など)も製作可能になり、少ない枚数でより高いガス増幅度得るのに役に立っている。 そのGEM の場合、ポリイミドの代わりに新しい材料Liquid Crystal Polymer (LCP)が使われたり, 孔径が少 し大き目(90μm)のものを使ったりしている。 開発の流れとして、まず、チェンバーの基本動作を理解するための測定を行った。それには、さまざまな パラメーターに対するガス増幅度の測定と読み出しパターンを決める上で重要なパラメーターである電荷分布の測定を行った。次に、実際の粒子を測定するための検出器の開発を進めている。その方針は、できるだけ 開発室の他のグループと協力して、そこで開発した(または、しようとしている)ものを利用しようとしてい る。また、できるだけ簡単なものからはじめて、開発が進むのに従ってより難しいものへと発展しようとして いる。具体的には、GEM そのものに関しては、厚みは、標準的な50μm 厚のものからはじめ、別の厚みのも のを製作、テストする。現在では、100μm 厚のものを定常的に使用している。大きさは、10cmx10cm を標 準としてテストを行ってきた。今は、20cmx20cm のもののテストを開始しようとしている段階である。読み 出しパターンは、電子回路の関係からXY のストリップを用いることによって、2 次元位置情報を得ている。 パッド読み出しに関しては、今後、電子回路の多チャンネル化に合わせて、徐々に進めていく方針である。ス トリップピッチは、最初は、1.6mm であったが、現在は、0.8mm である。今年度中には、0.4mm ピッチを 手掛けることができると思っている。ピッチサイズと相関しているが、読み出し電子回路は、最初は、ハイブ リッドアンプを並べていたが、現在は、8ch のASIC を利用している。今後は、32chASIC へと進みたいと考 えている。データ収集システムもCAMAC を用いたものから初めて、今では、FPGA を利用したCPU 無しの TCP/IP プロトコール(SiTPC)で高速データ転送を行うシステムである。今後は、これを並列化してスケー ルアップしたいと考えている。検出する粒子は、ガス増幅度がさほど要求されない初期電子数の大きなものか らということで、最初は中性子(ボロンとの反応で発生するアルファー粒子)、次は、X 線、それから高速の 荷電粒子、最後は紫外線(1 個の電子)までも検出すること考えている。現在までのところでは、中性子検出 器、X 線検出器に関しては、あとで示すように成果があがりつつある。今後は、高速の荷電粒子の検出にも力 を入れていきたいと思っている。

図3 3 層GEM 構造 図4 ガス増幅度のμVGEM.依存性

基本パラメーターの測定

ガス増幅度

ガス増幅度 高い増幅度で安定に動作させるためには、一般的に3 層構造をとることが多い。その場合、チェンバーを 動作させるのに多くのパラメーターがある。そこで、図3 に示すような3 層構造のテストチェンバーを製作し て、それぞれのパラメーターに対してガス増幅度がどのように変化するかをFe-55 からの5.9keV のX 線を利 用して測定した。GEM チェンバーでは、図に示されているように、それぞれのギャップをDRIFT、TRANSFER, INDUCTION と呼ばれている。図4 にGEM の表裏に印加された電圧に対してガス増幅度がどう変化するか を示している。この図では、3 枚のGEM に同じ電圧が印加されている状態であるが、通常のワイヤーチェン バーと同様に、印加電圧に対して、指数関数的にガス増幅度が大きくなることがわかる。図5(a)にDRIFT 領域の電場に対するガス増幅度の変化が示されている。低い電場領域では、ほとんど一定 であるが、電場が高くなるとガス増幅度は低下する。それは、DRIFT 領域で生成された電子がGEM に向か って移動する際に、図2 の電気力線からわかるように、電場が高すぎると電子が孔に入らずにGEM の表面に 到達してしまう割合が増えてくるからである。よって、発生した全電子を収集するためには、DRIFT 電場は 低目の方がいいことがわかる。図5(b)にINDUCTION 領域の電場に対するガス増幅度の変化が示されている。 電場が高くなるにしたがって、ガス増幅度が大きくなる。それは、図2 からもわかるように、INDUCTION 領域の電場があまり弱いと孔内で増幅された電子の一部がGEM の表面に戻ってしまって、読み出し基板の方 へ流れる割合が減るからである。電場がある程度以上になると今度はINDUCTION 領域でガス増幅が始まり、 急激なガス増幅度の増加がみられる。図5(c)には、TRANSFER 領域の電場依存性が示されている。この領域 は2 枚のGEM に挟まれているので、ガス増幅度の振る舞いは、DRIFT 領域とINDUCTION 領域の両方の特 徴を兼ね備えている。図5(d)には、INDUCTION 領域のギャップ長を変えたときにガス増幅度がどうなるか を示している。図からわかるように基本的には、ガス増幅度は電場だけにより、ギャップ長には寄らないこと がわかる。ただし、あまり短いギャップ長の場合(特に、0.5mm)は、急激なガス増幅度の増加がみられる。 これは、孔径、孔ピッチに比べて、ギャップ長が十分に大きくなく、孔付近の電場も変化するためだと思われ る。これらの性質は、CERN GEM を利用したものと同様である(7)。さらに詳しい測定データは、修士論文 (8)にまとめられている。

図5 各場所の電場を変えた時のガス増幅度の変化

電荷分布

読み出し基板上での電荷分布は、検出器を設計する上で重要な項目である。そこで、図3 に示すような3 層構造のテストチェンバーに細かいピッチのストリップが配置された読み出し基板を組み込んで、電荷分布を 測定した。ここでは、測定を簡便にするために、ガス増幅度の測定と同じFe-55 からの5.9keV のX 線を用い て行われた。読み出し基板には、0.1mm 幅、0.1mm ギャップ(つまり、0.2mm ピッチ)で長さ50mm の64本のストリップが真ん中に配置され、他の部分は接地してあるものを用いた。ストリップのからの信号は、ハ イブリットアンプで増幅された後、30m のケーブルを通して電荷積分型CAMAC-ADC で電荷量を記録した。 測定された典型的な電荷分布が図6 に示されている。このような分布をガウスフィットして、そのシグマを電 荷の拡がりと定義してこれからの議論を行う。図7 は、拡がりの2乗をギャップを変えながら測定した結果で ある。2種類の混合ガスに対して、いずれも線形性があるので、電荷の拡がりには、ガス中を移動する際の拡 散が大きく寄与していることがわかる。GEM の孔構造などは考慮されていない単なる平行電場が仮定されて いるMagbolts(9)によるシュミレーション結果も図中に示されているが、データとよく一致していると言える。 アルゴンと二酸化炭素の混合ガスに対しては、少しのずれが認められるが、これは、かなり小さな拡がり (0.2mm 以下)となっているので、ストリップピッチ(0.2mm)やガス中での電子の飛程(0.1mm)が影響してい ると考えられる。さらに、詳しい解析方法やデータに関しては、修士論文(10)を参照してもらいたい。

図6 典型的な電荷分布 Fig.7 全ギャップ長に対する電荷分布の拡がり具合

 

中性子検出器

測定原理と検出器システム

GEM を実際の検出器として使う応用例として、J-PARC のようなパルス中性子源における熱(冷)中性子を 検出するガス中性子検出器の開発を行ってきた。ここでの測定器は、2 次元位置情報は、散乱する角度を測定 する上で重要であり、また、飛行時間から中性子の波長を求めるために時間の測定も同時に行う必要がある。 中性子の検出には、GEM の表面にボロン-10 を付加して行っている。中性子は、ボロン層で反応して、荷電 粒子(アルファー粒子やリチウム原子核)が生成される。その荷電粒子が、ガス中を通過することによって、 中性子の入射位置や時間を測定できる。発生した荷電粒子のボロン内での飛程が非常に短いので、ボロン層の 厚みを増やしても、検出効率は上げることができない。そのため、高検出効率を得るためには、薄くボロンを 付加したGEM を多数、積層する必要がある。このような構成の中性子検出器は、以下のような特徴を持って いる。 (1)中性子を検出するための高価なヘリウム-3 ガスを使用しなくてもよく、そのために圧力容器もい らない。(2)読み出しパターンを自由に選択でき、2 次元読み出しが可能である。(3)よい位置分解能、よい時 間分解能が得られる。(4)原子番号の大きな物資を使用していないので、バックグランドとなるガンマ線に対し て不感な検出器になる。 (5)高い計数率に耐えられる。製作したテストチェンバーには、2 種類のGEM が使われていて、ボロンは、50μm 厚のGEM の両面に 付加されていて、ボロンが付加されていない100μm 厚のGEM も1 枚使用されている。また、カソードプレ ートとしてボロンを片側だけに付加したアルミ薄板を組み込んでいる。ボロンは、中性子と反応しやすいボロ ンー10 を99%以上濃縮したものを利用している。 それぞれのボロン層の厚みは、1.2μm であるが、基本テストのためだけに別の厚みのものも使用している。 ボロンGEM への印加電圧は、有効ガス増幅度が1 になるようにしている。一方、100μm 厚GEM には、 信号が現在の電子回路で測定できるように、ガス増幅度が100 程度になるような高電圧が印加されている。読 み出し基板には、それぞれ0.8mm ピッチのX ストリップとY ストリップが120 本づつ配置されていて、 96mmx96mm の範囲をカバーしている。信号の増幅、整形、波高弁別には、開発室のASIC グループが開発 したASIC チップ(12)を使用している。その1 チップに8 チャンネル分あり、それを1つの基板に8 個を配置 することによって、1 基板で64 チャンネル分で、この基板4 枚で240 本のストリップの信号を処理している。 FPGA の配置した基板に240 本分の信号を集めて、X-Y のコインシデンスなどのデジタル処理を行い、最後 は、CPU 無しでTCP/IP の通信プロトコールを利用して、イサネットケーブル1 本で直接PC に高速にデー タ転送を行っている(13)。 電子回路は、図8 に示すようにGEM チェンバーの背後にコンパクトにまとめられているので、積み重ね ることで、検出領域を容易に拡張できるシステムになっている。

図8 可搬型コンパクト検出器システム

 

放射線源によるテスト

まず、放射線源Cf-252 を使って原理検証試験を行った。放射線源からの出る中性子のエネルギーは、熱中 性子と比較するとかなり高いので、ポリエチレンブロックを利用して、エネルギーを下げることを行ってテス トした。まず、最初に、ボロンを付加したGEM を1 枚だけ検出器の中に入れて、ボロン層の厚みの違いで検 出効率がどうなるかを調べた。測定結果は、図9(a)に示すように、ボロン層の厚みに比例して、測定計数が増 えているが、2μm でかなり飽和現象が見られる。Simulation によれば、3μm で完全に飽和することが予想 されている。中性子とボロンとの反応で発生するアルファー粒子の飛程は、ボロン層内でもかなり短いので図 9(a)のような飽和現象が見られる。そこで、さらに高い検出効率を得るためには、ボロンを付加したGEM を 複数枚積層する必要がある。図9(b)が、その測定結果である。図からわかるように、検出効率が、ボロンGEM の積層枚数に対して線型に増えていることがわかる。もちろん、いずれ、飽和することは明らかであるが、そ の領域にいたるためには、さらにボロンGEM を積層する必要があることも分かる。これらの測定結果により、 ボロンGEM を使った中性子検出器が原理的に動作可能であることが示されたといえる。

図9 (a) ボロン厚みに対してと(b)ボロンGEM の枚数に対する測定計数の変化

 

ビームテスト

日本原子力開発研究機構の研究原子炉JRR3 からの中性子ビームを用いて、開発した試作器の性能評価試 験を行った。中性子ビームで得られたパルス波形は、十分に短いもので高計数率に耐えられることを示唆して いる。また、中性子による信号の大きさを放射線源Co-60 からのガンマ線と比較すると、十分におおきく、容 易に弁別できることが分かった。 検出効率は、よく知られた10 気圧のヘリウムー3 カウンターと比較すると2.2Åの熱中性子に対して、約 30%であることが分かった。このときのチェンバーの構成は、1.2μm 厚のボロンを両面に付加したGEM を4 枚と同じ厚みのボロンをカソード片面に付加したものを積層した状態である。位置分解能は、直径0.5mm の ピンホールが開いたカドミニウム板を使って評価するとFWHM で1mm であると見積もられた。 同じ2.2Åの単色熱中性子を使って、散乱テストも行った。図10(a)に示すように、単結晶であるNaCl サ ンプルを回転中心にセットして、サンプルとチェンバーをそれぞれ回転することによって、期待されたそれぞ れの回転角に対して、図10(b)のようなきれいなブラッグピークを測定することができた。また、8Åの単色冷 中性子を使って、小角中性子散乱テストも行った。図11(c)に示すように、サンプルのないダイレクトビーム と比較すると、サンプルをおくと明瞭な散乱パターンを測定することができた。さらに、詳しいデータは、修 士論文(14)にまとめられている。

図10 JRR3 のガイドホールで行われたサンプルテスト
(a) セットアップ, (b) 単結晶で得られたブラッグ点、(c) 小角中性子散乱の様子

 

昨年度末に、J-PARC において、パルス中性子源からのビームが使えるようになったので、BL21 でビーム テストを行った。図11 に得られた2 次元画像と中性子の波長分布を示した。このように、開発中の検出器は、 2 次元位置を精度よく測定できると同時に、飛行時間を測定でき、波長分布を求めることが可能である。この ような良い結果が得られたので、BL21 では、まず、ビームモニターとして使用することが期待されている。 その際に、GEM の高頻度耐性も採用される重要な要素となっている。ビームテストの詳しい結果は、TIPP09 で報告され、論文(15)として公表される予定である。

硬X 線検出器

検出原理

硬X 線は、通常のX 線と比べるとはるかに透過力が高いので、重い物質内部の構造解析やコンクリート内 の鉄筋の様子を調査するなどの非破壊検査に役立つ。しかし、硬X 線は、透過力が高いことの裏腹に検出する ことが難しい。一般に、X 線検出で高感度にするために、Xe ガスが用いられるが、ここでは、金をGEM の 表面に付加することによって硬X 線を電子に変換してから検出する方法を取っている。このことによって、高 価なXe ガスを使う必要がなく、しかも、より高いエネルギーの硬X 線にまで対応することが可能である。し かも、前述の中性子検出器のボロンを金に代えただけで、まったく同じシステムを利用することが可能である。 また、薄く金を付加したGEM を複数枚積層することによって、高い検出効率を得ようとするところも同じで ある。このような検出器は、検出感度は、結晶型シンチレーターには劣るが、容易に高位置分解能が得られる メリットがある。 実際に、金を付加したGEM を製作して、硬X 線検出器として動作していることを確認することを行った。 3μm の金を片側に付加したドリフト面を1 枚と両面に金を付加したGEM を4 枚積層することによって、検 出効率の向上を図っている。1 万倍程度のガス増幅を得るために、100μm 厚と50μm 厚の2 枚のGEM を利 用している。ちなみに、金を付加したGEM では、硬X 線が電子に変換された場所によって、信号の大きさが 大きく変わらないように、有効増幅度が1になるような電圧が印加されている。また、GEM 間のギャップは、 位置分解能に影響するので1mm と小さめの値が選ばれている。読み出しストリップのパターンや電子回路は、 中性子検出器とまったく同じものが用いられている。

X線照射試験

製作した試作器の性能を調べるために、医療用のX 線発生装置を用いたX 線照射試験行った。用いられた X 線発生装置の管電圧は、120kV で管電流は、1mA 程度である。また、低エネルギーのX 線は今回のテスト では不要であるので、0.3mm 厚のモリブデンフィルターでカットしている。これによって、検出器に照射さ れているX 線の平均エネルギーは、80keV 程度ある。 鉛板スリットを用いることによって、図11(a)と同様な2 次元画像は容易に得ることができた。また、直径 0.5mm のピンホールを利用して、位置分解能を評価するとFWHM で1mm 程度であることもわかった。 硬X 線検出器として動作していることを明瞭にわかるサンプルを2 例示す。図12 は、厚さ10mm の鉄板 に9 つの深さの違った直径6mm の穴をあけたものの吸収透過画像である。9 つの穴の場所で透過量が大きく なっている様子がわかり、1mm の深さのものまで明瞭に認識できる。このことから、鉄管の磨耗状態を使用 状態のままで非破壊検査できることが分かる。2 つ目の例が、図13 で、10cm 厚のコンクリートブロック内の 鉄筋の様子を見たものである。3 本の鉄筋が認識できることはもちろんその直径も測定可能であることも分か る。今後、さらに、検出効率を上げたり、照射時間を長くすることによって、さらに厚いコンクリート内の鉄 筋の様子を捕らえることが可能になると期待している。 さらに、詳しい結果は、修士論文(16)にまとめられ ている。

参考文献
(1) F. Sauli, Nucl. Instr. and Meth. A 386 (1997) 531.
(2) The Gas Detector Development Group in CERN (http://gdd.web.cern.ch/GDD/).
(3) M. Inuzuka, et al., Nucl. Instr. and Meth. A 525 (2004) 529.
(4) Scienergy Co. Ltd. (info@scienergy.jp) (http:/www.scienergy.jp).
(5) T. Tamagawa, et al., Nucl. Instr. and Meth. A 560 (2006) 418.
(6) S. Uno et al., Nucl. Instr. and Meth. A 581 (2007) 271.
(7) S. Bachmann, et al., Nucl. Instr. and Meth. A 438 (1999) 376.
(8) F. Sugiyama, Master thesis in Tokyo University of Science, 2008.
(9) R. Veenhof, Version 2, CERN April-13, 2005.
(10) H. Kadomatsu, Master thesis in Saga University, 2007.
(11) C. Schmidt and M. Klein, Neutron News, vol. 17, pp.12, 2006.
(12) Y. Fujita, et al., 2007 IEEE Nuclear Science Symposium, N15-19.
(13) T.Uchida, et al., IEEE Trans. Nucl. Sci., vol. 55, pp. 2698, 2008.
(14) S. Nakagawa, Master thesis in Osaka city University, 2008
(15) H. Ohosita et al., Nucl. Inst. and Meth. paper is in preparation.
(16) K. Nagaya, Master thesis in Tokyo University of Science, 2009

最終更新日: 12/22/2011