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第10回論文賞(2019年度修士論文)


第10回測定器開発優秀修士論文賞は、2020年4月27日に開催された最終選考委員会において
優秀論文賞2編が決定しました。受賞されたお二人には心よりお祝いを申し上げます。

 

物理学会秋季大会(筑波大学・リモート開催)に於いて、2020年9月16日に
表彰式と招待記念講演会が開催されました。(向かって左側;青山氏、右側;池満氏)

受賞者には表彰状・クリスタル製の表彰盾のほか、 本賞協賛企業である
セイコー・イージーアンドジー㈱、 ハヤシレピック㈱㈱Bee Beans Technologiesから
副賞としてアマゾン券が贈呈されました(五十音順・敬称略)。   

優秀修士論文賞

論文題目

液体Ar光検出器の高感度化 ~TPB蒸着技術の最適化とTSV-MPPC Arrayの実装~

本 文 アブストラクト(1.7Mb)本文(17.6Mb)
著者氏名 青山 一天(早稲田大学)
授賞理由  本論文の内容は、アルゴンを用いた暗黒物質探索実験ANKOKにおける液体アルゴン検出器の光検出量の最大化についての開発研究である。暗黒物質の信号検出感度と背景事象除去の両方で光検出量の最大化が肝になる実験で、波長変換材蒸着の最適化とMPPC読み出しの開発により世界の他の実験を超える大光量の検出が可能であることを示した。
 液体アルゴンの蛍光波長は真空紫外光領域と短いために、波長変換材(TPB)を用いて光検出デバイスでも検出可能な波長に変換する。自作の真空蒸着装置でTPB蒸着量の最適化を行い、その後、小型液体アルゴン検出器に設置した光電子増倍管(PMT)で11.6±0.4 p.e./keVeeという世界最大光量を達成している。さらには、PMTより光子検出効率の高いMPPCを用いた検出器を開発し、光検出量として従来の実験の2倍以上の大光量を検出できることを示した。
 暗黒物質探索における課題を指摘した上で、必要な開発で目指す方向性や課題解決にむけたチャレンジングなアプローチについてもわかりやすく述べられている。蒸着技術をどのように最適化したか、その議論も明確に記述されていて、著者がこの開発に深く貢献していることもよくわかる修士論文になっている。

 

論文題目

CMB望遠鏡のデータ読み出しシステムの時刻同期と較正に関する開発研究

本 文 アブストラクト(1.2Mb) 、本文(40.4Mb)、
著者氏名 池満 拓司(京都大学)
授賞理由   宇宙マイクロ波背景放射の偏光測定を行うGroundBIRD望遠鏡の大角度スケール観測を実現するための読み出しシステムについての研究である。
 全方位を観測するために毎分20回転で回り続けるシステムに載せられた超伝導検出器MKIDの200MHzの高周波クロックと、地表で静止した系でモニターする視線方向角度エンコーダーの時刻を、回転継手のために低速通信のみ可能な状況下で、必要精度を十分に満たす60 ns以下の精度で同期するシステムを開発。また、角度エンコーダーの内部センサー設置精度や回転の非等速成分を定量化し、角度較正と角度補完の最適化手法を開発。角度分解能をエンコーダーの角度ステップの1/50まで高められることを示し、望遠鏡のビーム較正精度を大幅に向上させた。
 さらに、1時間ごとに必要な超伝導検出器の周波数特性の較正を、周波数変換に用いるIQミキサーに接続されたローカルオシレータの周波数スイープ機能を使って高速に行う新しいアイデアを発想し、時刻同期の読み出しとデータ解析システムを応用して従来に比べて15倍高速な較正システムを実現した。読み出し系の環境変化も評価し、温湿度変化に対しても較正が必要なことを明らかにした。
これらの開発研究により、GroundBIRD望遠鏡の大角度スケール観測を実現に導き、視線方向の角度分解能に由来する系統誤差を無視できるまで押さえ込む事に成功した。
 当初の研究課題の時刻同期システムの開発のみにとどまらず、測定系に対する深い理解により、自ら角度測定系に潜む不定性を見抜き、また周波数特性較正の速度改善への応用を考えつき、解決してみせたこと、また、定量的かつ明快な記述の完成度が高く評価された。

 

 2010年度に修士論文を対象とした賞を創設して、今年で10年目である。その栄えある第10回測定器開発優秀修士論文賞に対して、2019年度分として例年並みの24篇の応募があった。いずれも例年通り、100ページに及ぶ渾身の力作ぞろいである。まず応募論文の利用分野について整理をすると(図1)、素粒子、宇宙分野は例年通りであるが、原子核分野からの応募が少なくなってきている気がする。また、例年のようにこれら3分野以外からの応募もあり、より広い分野にこの賞が認知されていることは喜ばしいことである。このように優秀な論文が広く多く応募されたことは、高エネルギー物理学研究者会議、原子核談話会、宇宙線研究者会議をはじめ、高エネルギー宇宙物理連絡会、放射線物理、放射光科学、中性子科学、中間子科学など関連分野の皆様の真摯なご協力の賜物と感謝します。
 開発研究の主役である技術要素も、例年通り多岐にわたっており、おおざっぱに分類をすれば、図2のようにまとめられ、今回も応募論文の開発研究の多様性と層の厚さが見て取れる。エレキやDAQ分野の割合が多くなりつつあるのは、実験遂行において、その重要性がさらに増してきているからであろう。

 選考は素粒子、原子核、宇宙線各分野のコミュニティより推薦をうけた委員を含む、合計12名の選考委員(†)により、例年通り2段階で行われた。2月末の締め切り後、査読を行うに際して、昨年度に続いて以下のような評価項目を設定することを審査員一同で確認し、それぞれの項目について採点、集計することで選考審議の資料とすることとした。
   1.論文の完成度                                   
   2.背景技術の理解度                                       
   3.開発研究の意義とその理解                                       
   4.研究の独創性、先進性(テーマ、手法)とその的確な記述                   
   5.研究における本人の独創性、主体性                                       
   6.測定器開発にかける熱意、最後までやりとげる意志                         

 1ヶ月かけてまず6篇の候補論文に絞り込み、その後さらに約1ヶ月かけて、全委員がこの6篇について改めて熟読、採点をして、最終的には4月27日に最終選考委員会が行われ、優秀論文賞として2篇が選出された。1つは、液体アルゴン検出器の光検出量をこれまでよりも飛躍的に向上させた開発研究で、もう1つは、CMB望遠鏡における回転部との時刻同期方式を開発し、実用化した研究である。いずれも、著者自身が主体的に研究開発に取り組み、結果まで導いた過程が生き生きと記述されていた。また、研究開発の意義や背景技術の記載も適切であり、論文としての完成度が高いものであった。これらのことから、審査員一同、上記評価項目のいずれについても高い評点を与えたもので、典型的な優秀論文であるといえる。
 例年のことであるが、応募された修士論文は質の高いものが多く、残念ながら賞から漏れた論文にも優秀なものが多く、その差は大きなものでなかったと言える。
 

測定器開発優秀修士論文賞 選考委員長 宇野彰二

(†)<<選考委員リスト(敬称略)>> 

審査委員
コミュニティ委員;市村雅一(弘前大学)、佐久間史典(理研)、常定芳基(大阪市大学)、
         中浜優(名古屋大学)、南條創(大阪大学)、溝井浩(大阪電通大学)
KEK所内委員;岸本俊二、杉本康博、三部勉
事務局;坂下健、原康二、宇野彰二


 
図1                 図2