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第11回論文賞(2020年度修士論文)


第11回測定器開発優秀修士論文賞は、2021年4月26日に開催された最終選考委員会において
優秀論文賞2編が決定しました。受賞されたお二人には心よりお祝いを申し上げます。

 

物理学会2021年秋季大会(神戸大学・リモート開催)に於いて、
9月16日に表彰式と招待記念講演会が開催されました。

受賞者には表彰状・クリスタル製の表彰盾のほか、 本賞協賛企業である
セイコー・イージーアンドジー㈱、 ハヤシレピック㈱㈱Bee Beans Technologiesから
副賞としてアマゾン券が贈呈されました(五十音順・敬称略)。

優秀修士論文賞

論文題目

 T2K実験新型ニュートリノ検出器のためのシンチレータキューブ品質検査システムの開発

本 文 アブストラクト(3.28Mb)本文(139Mb)、     
著者氏名 谷 真央 (京都大学)
授賞理由  本論文は長基線ニュートリノ振動実験T2Kの前置検出器 Super FGDに用いるシンチレータキューブの自動検査システムの開発研究である。 Super FGD では約200万個の1cm角のシンチレータキューブを並べ、キューブの 3方向の穴に波長変換ファイバーを検出器全体にわたって貫通させる必要がある。 全キューブの大きさと穴位置の精度の検査のため、キューブ 1個につき5秒間で行う自動検査システムを開発。キューブの全 6面の撮影、画像解析による測定、測定結果による選別といった工程を瞬時に行う検査システムを、設計と部品の選定から取り組み、撮影画像品質のばらつきへの対応など解析上の細かい課題まで解決して完成させ、10μm程度の高い測定精度を実現した。
 さらに、キューブ精度の測定結果を元に、全200万個のシンチレータを組み上げるための並べ方、製造治具のデザイン、検査したキューブの分類方法も考案し、試作により実証してみせた。
   現行デザインの分析に始まり、各開発研究段階の考察が的確で、問題点を着実に洗い出し、次々に解決しながら結論に至る流れが明快に論理立てて書かれており、完成度の高い優れた論文である。

 

論文題目

 CMB 偏光の超精密観測に向けた電波吸収体の開発研究

本 文 アブストラクト(11.9Mb) 、本文(116Mb)、     
著者氏名 大塚 稔也 (京都大学)
授賞理由   本論文の内容はCMB観測感度向上に向けたノイズ低減のための研究である。主要なノイ ズである迷光を観測に用いられる 20–300GHz の広い周波数領域で反射率1% 未満にする電波吸収体の開発が行われた。
   優れた電波吸収体は電磁波の消衰係数 κの大きな素材に立体構造を持たせることで作成する。多数の材料の κ を網羅的に測定することで硬化樹脂 STYCAST2850FTJ に炭素繊維 K223HEを混合したベストな材料を見出した。立体構造を 3Dプリンタで作成した型で形成し、要求性能を満たす電波吸収材を開発した。
   目標達成のための開発戦略の設定も明確であり、種々の材料を組み合わせた吸収体の材質の評価やシミュレーションを用いた立体構造の最適化が行われている。電波吸収体の検討、試験、性能評価までを一貫して行った優れた仕事である。
   目標性能である反射率1%未満を満たしただけでなく、発泡スチロールを型に使うことで劇的にコストを削減するアイデアの施行や、さらなる高性能化に向けた開発指針の提言など、要求を満たしたところで満足しない意欲を感じさせるところも高く評価できる。
   開発のストーリーが明快に記述され、各段階での課題等が整理された非常に読みやすい論文である。

 

 全体論評 

  2010年度に修士論文を対象とした賞の創設より、11回を数える測定器開発優秀修士論文賞に対して、2020年度分として例年より少し多めの 27篇の応募があった。いずれも例年通り、100ページに及ぶ審査員泣かせの大作ばかりである。まず応募論文の利用分野について整理をすると(図1)、素粒子、宇宙分野は例年通りであるが、昨年度と同様に原子核分野からの応募が少なくなってきている点が気がかりである。また、例年のようにこれら3分野以外からの応募もあり、より広い分野にこの賞が認知されていることは喜ばしいことである。このように優秀な論文が広く多く応募されたことは、高エネルギー物理学研究者会議、原子核談話会、宇宙線研究者会議をはじめ、高エネルギー宇宙物理連絡会、放射線物理、放射光科学、中性子科学、中間子科学など関連分野の皆様の真摯なご協力の賜物と感謝します。開発研究の主役である技術要素も、例年通り多岐にわたっており、おおざっぱに分類をすれば、図2のようにまとめられ、今回も応募論文の開発研究の多様性と層の厚さが見て取れる。ガス、半導体といった検出器そのものを題材にしたものが減ってきているのにはさみしさも感じられるが、機械学習や画像認識を取り入れた論文もあり、時代を反映したものであろう。 選考は素粒子、原子核、宇宙線各分野のコミュニティより推薦をうけた委員を含む、合計12名の選考委員(†)により、例年通り2段階で行われた。2月末の締め切り後、査読を行うに際して、例年通り以下のような評価項目を設定することを審査員一同で確認し、それぞれの項目について採点、集計することで選考審議の資料とすることとした。


1.論文の完成度                                   
2.背景技術の理解度                                       
3.開発研究の意義とその理解                                       
4.研究の独創性、先進性(テーマ、手法)とその的確な記述                   
5.研究における本人の独創性、主体性                                       
6.測定器開発にかける熱意、最後までやりとげる意志                         

  1ヶ月かけてまず6篇の候補論文に絞り込み、その後さらに約1ヶ月かけて、全委員がこの6篇について改めて熟読、採点をして、最終的には 4 月26日に最終選考委員会が行われ、優秀論文賞として2篇が選出された。1篇は、ニュートリノ検出用の多量のシンチレーションキューブを自動検査するシステムの開発で、もう1篇は、CMB望遠鏡において、視線方向外から来る電波を除くための吸収材の開発研究である。いずれも、従来の測定器開発とは違ったものであるが、著者自身が主体的に研究開発に取り組み、結果まで導いた過程が生き生きと記述されている。また、研究開発の意義や背景技術の記載も適切であり、論文としての完成度が高いものである。これらのことから、審査員一同、上記評価項目のいずれについても高い評点を与えたもので、典型的な優秀論文であるといえる。 例年のことであるが、応募された修士論文は質の高いものが多く、残念ながら賞から漏れた論文にも優秀なものが多く、その差は大きなものでなかったといえる。
 

測定器開発優秀修士論文賞 選考委員長 宇野彰二

(†)<<選考委員リスト(敬称略)>> 

†審査委員  
コミュニティ委員:大田晋輔(東京大学)、久世正弘(東京工業大学)、 
         佐久間史典(理研)、田村忠久(神奈川大学)、
         常定芳基(大阪市立大学)、南條創(大阪大学)   
KEK 所内委員:岸下徹一、齋藤究、野村正
事務局:原康二、川崎真介、宇野彰二