第7回を数える測定器開発優秀修士論文賞、今年度も21篇の応募があった。いずれも例年通り100ページに及ぶ渾身の力作ぞろいである。募集は、高エネルギー物理学研究者会議、原子核談話会、宇宙線研究者会議をはじめ、高エネルギー宇宙物理連絡会、放射線物理、放射光科学、中性子科学関連のコミュニティに向けてアナウンスされており、今回の応募論文の応用分野も図1に示すように幅広い領域にまたがって、まさに測定器技術の分野横断の性格を如実にしめしている。今年度はとくに、放射線測定(環境、医療計測を含む)の分野からの論文も目立つ。研究分野としてはあまり交流のないコミュニティ間で、有用な技術・情報の交換がもたらされることは、まさに本論文賞のねらいのひとつであり素晴らしい成果が上がっているといえよう。
開発研究の主役である技術要素は多岐にわたっているが、おおざっぱに分類をすれば図2のようにまとめられる。シンチレータにかかわるあるいはそれを活用したシステムの開発研究が目立っているのが、今年度の特長と言える。この背景にはPPD(SiPMとも称される、マルチピクセル・ガイガーモードAPD)の高性能化、大面積化の実現がもたらした、昨今の急速な普及があるものと考えられる。本論文賞の草創期には、PPDのCharacterization自体を主題とする多くの論文があったことを考えると、近年の技術の成熟が実感される。
選考は、素粒子、原子核、宇宙線各分野のコミュニティより推薦をうけた委員を含む合計12名の選考委員(†)により、例年通り2段階で行われた。2月末の締め切り後、今年度は査読を行うに際して、以下のような評価項目を設定することを審査員一同で確認し、それぞれの項目について採点、集計することで選考審議の資料とすることとした。
1.論文の完成度
2.背景技術の理解度
3.開発研究の意義とその理解
4.研究の独創性、先進性(テーマ、手法)とその的確な記述
5.研究における本人の独創性、主体性
6.測定器開発にかける熱意、最後までやりとげる意志
一か月かけてまず7編の候補論文に絞り込み、その後さらに3週間をかけて、全委員がこの7編について改めて熟読、採点をして最終的には5月2日に最終選考委員会が行われた。今回選出された今年度の優秀論文賞2編はその方向性は全く異なるものの、いずれもシンチレータが主役となる検出器サブシステムの構築をテーマにしている。そのため「先進性」というポイントは満点とはいえないまでも、実験から課せられる要件をきちんと理解し、その実現にむけて精力的に取り組み、論理的に攻めていく過程が克明に記録されており、実験コラボレーションのサイズが巨大すぎないこともあり、研究開発の主体性もきちんと示されていた。こうしたことから、審査員一同、上記評価項目のいずれについても高い評点を与えたもので、まさに模範的な優秀論文であるといえる。
今回は、こうした実験のサブシステムの設計・建設・調整をテーマとする着実な論文も多い中で、カーボンナノ構造とGEMを使ったX線源や世界初のサブミクロン精度ピクセルセンサー、陰イオンTPC、暗黒物質の方向検出など、斬新なアイディアや挑戦的な開発研究をテーマとして、審査員に大きな興味を抱かせる先進性の高い注目論文数編が光っていた。その数は今回多いとはいえず、また残念ながら授賞にはいたらなかったが、今後もこうした測定原理や先端要素技術にかかわる挑戦的な基礎開発研究にもさらに多くの学生が挑み、その貴重な苦闘の記録を修士論文として残してくれることを期待したい。
測定器開発優秀修士論文賞 選考委員長 幅淳二 |