測定器開発室について

 
 
 
 
 
 



 21世紀をむかえ、幸いにも日本の素粒子物理学は極めて順調なすべり出しをしております。世界最高性能の加速器にバックアップされたBファクトリ-による豊富なheavy flavorの物理、SK/K2K/ KamLand等によるニュ-トリノ物理の画期的成果など、いまや我が国が名実ともに素粒子物理研究の大きな極となっている事は間違いはありません。しかしふと立ち止まって、我が手の内をみますと、そこにあったのは、外国から学んで後20年近く使い込んできたにすぎない測定器技術と、世界に誇る超優良日本企業が製造するセンサ-があるばかりでした。一方ヨ-ロッパにおいては、10余年の歳月とエネルギ-をLHCとその測定器システムの建設に注ぎ、そこで開発されてきた膨大な技術が着々と蓄積されてきているようです。 




Junji Haba
Project Leader

 彼の地での(測定器技術の開発を大切にする)そもそもの文化基盤とも相まって、彼我の差は拡がるばかりに思えます。これではLHC以降の勝負はすでにあったといわざるを得ません。フィ-ルドは素粒子物理の分野にとどまりません。生き残りをかけて世界の高エネルギ-ラボは、将来に向けたあらゆる可能性を模索しております。成否の一つの鍵となるのは、いろんな意味での「技術力」と思われます。そこで、KEK素粒子原子核研究所では、2005年度より測定器周辺技術の開発において、新たな展開を期そうとしております。それが測定器開発室(KEK Detector Technology Project, KEKDTP、以後「開発室」)です。

 この強い危機感を原動力に4つの基盤テーマで始まった開発室プロジェクトも、いまやDAQ、AS IC,MPGD,SOI,光センサー、液体TPC,STJの7つを数えるまでになりました。すべてが同一の基準、均質な運営を行っているわけではありませんが、それぞれが主張する存在意義のベクトルは実はそれ ぞれ全く異なっております。先鋭的な技術開発で世界をリードするプロジェクト、機構の技術成果について他分野 での応用可能性をアピールするプロジェクト、あるいは基盤先端技術を関連コミュニティに定着、技術 レベルの底上げを狙うプロジェクトなど、その性格は多様性に富んでおり一元的に論ずることは容易ではありません。

 素粒子原子核研究所内の仮想プロジェクトして誕生した「開発室」でありましたが、 それまでも「測定器技術は加速器ビームを使ったサイエンスに共通」という理念のもと、素粒子・原子 核研究以外の分野との交流もはかっており、2008年度は技術のいっそうの交流・提供・応用を通じ て放射光、中性子、ミューオンなど物質構造研究の各分野で多くの具体的な実績を積み上げました。実際DAQプロジェクトで開発されたデータ収集プラットフォームはいくつかのJ-PARC中性子ビームラ インで標準として採用されるまでになっており、MPGDプロジェクトで開発された2次元検出器システムはいくつかの中性子・放射光の実験において実用されはじめております。  

 関係者の努力が実り、KEKDTP は2009年度から高エネルギー加速器研究機構の横断的組織として公認され、測定器開発室として正式に組織図に加えられており、「分野を越えた」技術の応用も、今後ますます重要な切り口となってくるのは必至と思われます。フィ-ルドは、実に多彩です。この方向を模索するプロジェクトも、続々と立ち上げられております。

幅 淳二

「測定器開発室―KEKDTP/2005−2008」成果報告書 はじめに より抜粋